当社の他にも自転車用チタンボルトに参入する業者さんが出てきた一方で、
安価なチタンボルトも出回っているようです。
中には不適切な製品もあるようで、ボルトが折れたという話も耳にします。
品質、性能にこだわってチタンボルトを供給してきた私たちにとって、
チタンボルト全体が危険だと認識されることは残念でなりません。
既にチタンボルトユーザーの方、これから使ってみたいと思っている方には気になるところだと思いますので、当社の考えを述べたいと思います。
当社が展示会やイベントに出展していると、「ベータチタニウムさんですか?」と聞かれることがあります。SNSなどでも「興津螺旋はベータチタニウムのボルトを作っているのか」という記述を見かけます。興津螺旋とベータチタニウムは別物なのですが、どうしてこのような誤解が生まれるのかというと、以下のような事情があると思います。
現在、自転車業界における国産チタンボルトのメジャーブランドとしては、
興津螺旋(当社)と日本特殊螺旋工業さんの2社がよく知られていると思います。
興津螺旋はもともとステンレスねじのトップメーカーですが、2005年にβチタン合金の加工技術を確立し、競技用チタン合金ボルトシリーズとして展開しています。
一方、日本特殊螺旋工業さん(以下、特殊螺旋)は株式会社ベータチタニウムという社名を改名して今の社名になりました。現在「ベータチタニウム」は特殊螺旋さんのブランド名として使用されています。ほぼ近い価格帯で販売している両社のチタンボルトですが、両製品に使われる素材と加工技術は同一ではありません。
一般に(チタン製ねじが一般かどうかという議論は置いておいて)、ねじ屋さんや工具屋さんで扱っているチタンねじ・ボルトの素材は大部分がTi2(純チタン2種)です。
ただし純チタンでは強度が低く(Ti2で340MPa)、これを自転車の組み立てに使用するのは危険です。強度を要求するとチタン合金を選択することになりますが、チタン合金にもたくさんの種類があります。
チタン合金は、α合金、β合金、α+β合金の大きく3系統に分類されます。
興津螺旋が採用するβ153(Ti15-3-3-3)はβ合金に属します。
ワイヤー状の素材を冷間圧造(頭部)+転造(ねじ部)という技術で加工します。
β合金はβチタンやβチタン合金と呼ばれることもあります。
特殊螺旋さんが採用する64チタン(Ti6-4)はα+β合金に属します。
棒材からNC切削+転造(熱間鍛造+NC切削+転造のものもある)で加工します。
β合金を使用していなくても、ブランド名はベータチタニウムです。
切削加工を得意とする特殊螺旋さんは、900MPaを超える高強度かつ切削に適した64チタンを選定、それに対して塑性加工を得意とする興津螺旋は、絶対的な強度は830MPa程度と64には及ばないものの、耐衝撃性とじん性に優れたβ153を採用し、加工による強度低下の心配がない冷間圧造技術で加工、どちらも他社が容易に真似できないユニークなチタン合金ボルトを世に出すに至りました。両製品を使い比べて微妙にフィーリングが異なると感じたとしたら、こういう違いに起因しているかも知れません。
興津螺旋のボルトの材料はβチタンなので製品はβチタン合金ボルトです。特殊螺旋さんの方はβチタンではありませんがブランド名はベータチタニウムです。
記事を書いていても混乱しそうですが、これが興津螺旋と日本特殊螺旋工業、βチタン合金ボルトとベータチタニウムブランドを混同する原因だと思います。
私自身、特殊螺旋さんを「ベータさん」なんて言ったりしていましたが、今後はやめようと思います。特殊螺旋さんもまた紛らわしい社名になったものです。ひょっとして当社のことが好きなのでしょうか。念のため、うちは興津螺旋です。
続いて、折損や焼き付きのトラブルについて。
自転車のねじが走行中に折損となると、大事故に繋がりかねません。
お客様の多くはお店で売っているものなら大丈夫と信用してボルトを購入するでしょう。しかしチタンボルトに関しては、サイクルショップさんでも正しい知識があるところとそうでないところがあります。
試しに、お店で聞いてみてください。「そのチタンボルトの素材は何ですか?」「強度はどのくらいですか?」など。答えられない場合は要注意かもしれません。
安価なボルトの中には純チタン製や、ハーフチタンと呼ばれるTi3-2.5合金製のもの、64チタンでも原産国や素材メーカーが特定できないもの(偽チタン)などがあります。また、あってはいけないことですがサードパーティーから発売しているステムなどのパーツに付属するチタンボルトの中にも不適切なものが存在するのが実情です。
それから焼き付き現象については、ショップさんによってはグリスで対応するところもあるみたいですが、興津螺旋のチタン合金ボルトは原則としてグリス不要です。
自転車業界ではグリスを塗るという習慣が浸透しているようですが、一般機械の組み立てにおいてねじの締結に潤滑油を塗布することはありません。軸力が上がって部品やボルトの破損に繋がる危険があるからです。確かにチタンは焼き付きやすい素材といわれていますが、ねじ山がキチンと加工されたものはそう簡単に焼き付かないのです。
当社のボルトは、熟練した技能員が転造加工でねじ山を成形し、そのあとに機械研磨を施してねじ表面を仕上げています。ねじメーカーとしては当たり前のことですが、リングゲージによる検査もしています。機械加工の挽き目が残った部品はパッと見ではかっこよく見えるかもしれませんが、雌ねじとのはめ合いが少しでも悪いと焼き付きの原因になります。良いチタンボルトはそれなりにコストがかかるものなのです。
と、ここまで申し上げてきましたが、チタンボルトに大切なポイントは以下の4点だと思います。
1.ボルトメーカーの素性が確かなこと
2.素材が明確なこと、強度が保証された良質の素材であること
3.加工技術が確かなこと
4.化学研磨、機械研磨、電解研磨などにより表面を仕上げてあること
そして使用する上で大切なポイントも4点。
A.パーツにあったサイズのボルトを選択すること
B.パーツにねじ締めの指定トルクがある場合はそれに従うこと
C.正しい工具を使用すること
D.時々取り外して点検すること
チタンボルトは決して安い買い物ではありません。
お客様が納得できる安全な製品をお使いいただく参考になれば幸いです。
最後に、蛇足ですが念のため。
チタンとチタニウムは同じです。アルミとアルミニウムの関係と同じです。
もう一つ申し上げておくと、英語ではチタニウムとは呼びません。
カタカナで書くと「タイタニアム」に近い発音です。
興津螺旋のβチタン合金ボルトをよろしくお願いいたします。